泉佐野郷土芸能の集い
郷土の先人たちが残してくれた、代表的な芸能を次世代へ伝承するために、1975年(昭和50)から、毎年行われています。泉佐野青年会議所・市役所・観光協会などが協議会をつくり実施しています。
「佐野くどき」「さんや踊り」「五社踊り」「泉州長持唄」などの
泉佐野に伝わる盆踊りや民謡を一堂にして、繰り広げます。私達の郷土の「文化の豊かさ」を感じさせる、自慢の行事です。
2004年 いずみさの郷土芸能の集い
IZUMISANO CITY FESTIVAL IN SUMMER 2004
日時:2004/8/8(日)18:00〜22:00
会場:りんくうパパラ イベント広場
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「佐野くどき」
ゆっくりと語るくどき節の「佐野くどき」、聞いてよし、優雅で踊ってもよし、三味線、太鼓の音も、何ともいえぬ情感をただよわす。かつては、胡弓の音色が叙情をかき立てていたことも。
女声の囃子が一層雰囲気をもり上げます。
江戸時代に佐野の豪商「食野家(めしのけ)」の庭先で、紀州藩主の前でもてなしのために踊られたのが始まりとか。戦前は、言うにおよばず、戦後もいち早く踊り継がれてました。「仮装踊り」としても名高く、伝統にとらわれない自由な気風が人気の秘密です。
物悲しい「風の盆(八尾)」に比べれば、明るく優雅な気品のある踊りです。これから、もっともっと踊られることでしょう。
囃子
イッヤー ソーイチャエーエエ
ソーイチャーエー
ソーリャー (チキチンテンシャン)
ソーリャー トコドッコイショー
「さんや踊り」(樫井さんやおどり)
「さんや踊り」(樫井さんやおどり)
下駄が割れて、宙を飛ぶ 何とも激烈な「バチさばき」いや「足さばき」が、見もの!!
起源は、樫井合戦で負傷や疲労した兵を慰めるために地元の人々が、3日3晩、
踊り明かしたことから始まる。「樫井合戦」で有名な樫井の地に伝わるものです。
この樫井の「さんや踊り」は、優雅な盆踊りですが、キレイどころの踊り子に魅入るうちに、
何か激しさを加えてくる。
踊り手は、いつものように優雅に踊っていますが、段々と激しくなってきます。
音頭とりは、全て女性が行ないますが、だんだんと気合が入って、
熱気が吹き込まれてきます。ヤグラの上の太鼓が、強さを増してくると、
「ガシッ」と音が聞こえてきます。太鼓の音と違う別の音なのです。
さてこの音は何の音でしょう。
足元、あしもとです。みて、見て!
太鼓の下に「長い板」が敷いてある。この板の上に乗って太鼓を叩くのであるが、
この足元は、足袋でも、靴でもない。「下駄」なのです。
いいですか。これで、「バチさばき」ならぬ「足さばき」をご覧あれ!
太鼓打ちの手に持つ「バチ」に力が入ると、太鼓の音が段々大きくなる。
力を入れると、ふんばる足にも力が入ってくる。
「板と下駄」とが激突する。「ガシッ」「ガシッ」と激しくなる・・・
「ガン」「ガン」ぶつける「バシッ」と下駄が割れる。すぐに、下駄を履きかえる。
「ガシッ」「ガシッ」・・「バシッ」割れる。また、割れる。また割れる。
ハイ、人が交代、「ガシッ」「ガシッ」・・「バシッ」割れる。また、割れる。また割れる。
ヤグラの上から割れた下駄。「割れ下駄」が、ぼんぼんホラレル(放り出す)・・
踊り子は、泰然自若、何事もなかったように悠々と踊ります。
下駄のところは、遠巻きにしながら。
つい太鼓を打つ若い衆の足元の「下駄」に目が行ってしまいます。
インパクトの強さは、一生忘れられないことでしょう。
樫井の「ガシッ」「ガシッ」これが、「さんや踊り」なのです。
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